ビオトープと農村の原風景

鵜飼照喜 信州大学名誉教授 環境社会学

環境教育の始まり

 かれこれ30年ぐらい前から、小中学校の環境教育施設として校庭に池を作り、水棲昆虫や淡水魚などを育てる活動が全国的に広がった。その先駆となった学校が長野県安曇野市にある豊科南小学校である。
 安曇野といえばとりわけ春の観光シーズンには観光客が多く、北アルプスを望みながら田園地帯やワサビ田周辺を散策する姿が目にとまる。都会からの観光客にとっては「豊かな自然」あふれる観光スポットとして例年にぎわう地域である。
 そもそも「安曇野」という呼称は、今日的な呼び名であり、長野県の行政区としては北安曇郡、南安曇郡の地域を示すように、「安曇」地方である。それが「安曇野」と呼ばれるようになったのは、1970年代に出版された臼井吉見の大河小説『安曇野』によって有名になってからである。また、平成の大合併で5町村の合併により平成17年(2005年)現在の安曇野市が誕生した地域である。
 この安曇野市の市役所がある旧豊科町の小学校に、合併前、環境教育活動も研修で豊科南小学校を訪れたことがある。その活動の中心は、校内の校庭に近くの農業用水から水路を引き、日本列島を模した島を敷設した人工池での水棲生物や淡水魚の観察や飼育活動である。
 この活動は、全国的に高く評価され、「学校ギオトープ」の先駆けの一つとされる。
ところが、同校を訪れた研究生の学生が、面白い質問をしてきた。
 前述のように安曇野といえば「自然豊かな」観光地であるが、なぜそこにわざわざ自然観察のための施設が必要なのかというものであった。その学生は県外出身で、都会育ちでもあったが、この質問は環境教育にとっては重要な意義を持つものであった。
 この問いかけに、同校の担当教諭は次のように答えた。
*この施設建設のきっかけは、地元出身のT先生が戦後の農業近代化政策=土地改良事業・構造改善事業によって、旧来からの農地や農業用水路大きくその姿を変え、あぜ道や水路周辺に生えていた地域の草花が徐々に消滅していく様子に、地域の農家の主婦などが、消滅していく草花を自宅の庭に持ち帰り、育てていることを知ったことによると。
*そこでT先生は、同校の教諭としてこの地域の、消滅しつつある草花や水棲生物等を校内の施設に移し、子供たちの教育に活用することを企画し、建設・活用したものという。その際、池の水は近くの農業用水から無償で分けてもらっている。それゆえ、毎年その農業用水の管理組合に用水利用のお願いに出向くことになっているという。
 この回答に、同校を訪れた私たちは納得し、深い感動を覚えたものである。
 その後は、この豊科南小学校の事例に倣って、全国的に「ビオトープ」建設と環境教育での活用が全国的に広がったと考えられる。
 しかし、ビオトープとは、本来はこうした人工的なものではなく、有機的に結びついた生物群集という生態系を意味するものである。しかしながら、今日では『動物や植物が恒常的に生活できるように造成または復元された小規模な生息空間。公園の造成・河川の整備などに取り入れられる。〔ギリシャ語で生物(bios)と場所(topos)を示す造語〕(ウイキペディア)というように、人工物自体の概念として使われている。
 こうした用語の拡大や、変容自体はやむおえないことではあろうが、ある種の違和感を禁じ得ない。それは、個人的にメダカや水棲生物を飼育することや、人工的な施設建設とその活用を問題とすることでもない。
 問題なのは、豊科南小学校でT先生がはじめられた「種の保存活動」という趣旨が、抜け落ちてしまっていること、および古来からの地域の動植物たち-そこには地域の固有種が生き続けている可能性もある-を保存・育成するという視点が忘れ去られていることである。
 同校ではじめられたビオトープ活動の根源は、種の保存活動が地域の農家の主婦たちの手により「種の保存」というおおげさな問題意識ではなく、身近な動植物をいつくしみ、自分たちの生活を豊かに、彩を添える活動がもとになっているという点である。
 生態系の研究者の視点でのビオトープを踏まえ、人工的に学校で作られ、活用されているビオトープはすでに豊科南小学校のHPで使れているように、「学校ビオトープ」と呼ぶことがいいのではないかと考えられる。
 さらにもう一つ、かって農村調査に従事してきたものからすれば、メディアがよく使う「日本の原風景」として上記の安曇野が取り上げられることがある。しかし、上記のように戦後の農業近代化政策は農村の景観を大きく変貌させた、といわなければならない。農業の近代化-=機械化のため、田んぼや畑を四角くし、あぜ道を広い農道に変えた。
 他方で、こうした機械化導入の困難な中山間地では、傾斜地に昔からの多様な形の棚田や段々畑が残っている。中には、その棚田の風景は時には観光資源になり、そこに都会からの移住者や農業の新規参入者により活性化しているところもある。しかし、そうした事例はごくわずかであり、中山間地の多い長野では、圧倒的に耕作放棄地が多い。
 学校ビオトープの活用にこうした中山間地への視点をどう組み込んでいくか、環境教育での大きな課題であり、それに取り組む先駆的事例があれば、その事例から学びたいと考える。