見直される山村留学

山村留学創設者の青木孝安氏

自然体験で生きる力・山村留学

山村留学は、文部科学省所管の公益財団法人「育てる会」が、昭和51年(1976年)長野県八坂村(現・大町市八坂)で、日本で初めて開設された。当時参加者は9名で、春・夏・冬の学校の休みを利用しての短期の自然体験活動だったが、参加した親や子供からの要望で、1年を単位とする山村留学がその後スタートする。過疎化に悩む自治体を動かし全国的な活動に発展した。山村留学の運営システムには3つの重要なキーワードがある。そのそれぞれがこの教育目的には欠かせない要素が含まれている。地元の「里親」と呼ばれる農家で生活すること。育てる会が運営するセンターで、1か月に1回1週間の集団生活をすること。地元の学校で地元の生徒と一緒に学習すること。以上の3つである。子供たちが地元の農家で生活する理由として、擬父母・擬兄弟関係の中で生活することで都市化社会における核家族化で失われた父母の役割、子供・兄弟の役割、家庭内労働の意味、そして総合的に家庭というものが子供たちの人格形成に果たす機能を検証することにある。
 センターでは、小中学生(30〜40名)が集団生活しながら学校へ通う。センターの年間プログラムの中で専門の指導員が日々の問題を解決する。育った環境が違い、性格も違い、年齢も違う子供たちの集団生活は壮絶であることは想像に難くないが、子供たちの自主性を尊重する指導の中で、お互いの個性を認め合いながら、自己を主張できる環境づくりを目的にしている。3つのキワードとは、「家庭・社会・学校」が子供の健全な成長にどのような補完的な要素があるのか実証し、健全な姿を探し出す場なのです。「育てる会」は長野県出身の青木孝安氏(1930年生、2023年没)がスタートさせた。青木氏の山村留学への理念を感じるエピソードが記録されている。山村留学始まって4年が経過した時に次のような出来事があった。(旭丘光志著「ドキュメント 山村留学 生き返った都会っ子」1982年 現代出版)より抜粋。

テレビ朝日が2月に放映した50分ほどのドキュメント番組である。第5期の山村留学の様子をフィルムでおったあと、教育評論家の遠藤豊吉氏と映画監督の篠田正浩氏が山村留学について考えるという番組であった。
「篠田正浩の発言をどうおもいました」
番組の中で映画監督の篠田正浩氏は山村留学にるいてこんな発言をしていた。
「山村留学で1年かけた自然体験よりもっと深い自然体験を、映画で、子供たちにさせることができる」というのである。青木先生にとっては聞き捨てならない発言だった。
「映像で作られた自然はどんなに巧妙に作くられていようとも、それは本物の自然ではないのです。映像でしかないのですよ」
青木先生は静かな口調で篠田氏の発言を完全に否定した。
「本物の自然はそ1つで存在しているわけではないんでね。例えば、カブト虫一匹とるにしても、どうゆう木に、何月のいつごろ虫が集まってくるのか。こないときには木に砂糖水を塗って呼び集める方がいいのか。カブト虫は明るい所へ集まってくる修正があるのか。もしそうだとしたら街灯の近くの木に集まってくるのではないか、というような自然のさまざまな情報をうまく組み合わせ活用しなければならないのです。しかもじっさいの自然体験では、結果として、カブト虫が手に入りますが、映像では本物のカブト虫に手を触れることもできせん。そりゃ、デパートで売っているような養殖のカブト虫を、映画を見た子どもにあげるという手はありますよ。でも、それはまったく違うんです。カブト虫に触れた感覚だけは本物だが、そこに至るプロセスは映画の中に知識としてあるだけであって、実際のカブト虫採りには指一本だって参加しないんですからね。しかもね、自然の中から自分が必要としている情報を見つけ出して利用するには、まず自分が自然の中に入っていって、肉体的な感覚や本能・知識といった自分の能力のありったけを使って自然と交流しなければならないんです。私が言う自然体験とは、自然との交感なんですよ。本物の自然体験とは、はだしで地面を踏んだ、というようなことでも、その感触が年月とともに重さを増して、その人の人間性と感覚を形作る一部分になっていくのです。」
 センターの食堂は、走り回る子供の歓声が飛び交うとおもうと、だれかがわわ泣いているいおいうありさまで騒がしいことこの上ない。ストーブの前に座り込んだ青木先生は、そんなことは全く気にせずに話し続ける。
「都市文明はてっとり早くものを手に入れるために、自然をどんどん捨てていってね。ついに、自然以上の自然を映像を体験させてみせる、と言い放つところまできてしまった。傲慢ですよ。人間は。」
 自問自答するように言って、青木先生は厨房へ立って行った。

山留生に囲まれる青木先生(長野県大町市八坂)

山村留学に期待されたもの

親はなぜ子供に山村留学を体験させるのか。(以下資料:山村留学総合効果の検証。2002年公益財団法人育てる会)

  • 1位 自然の中でのびのび育ってほしい(79%)
  • 2位 たくましくなってほしい(50%)
  • 3位 親と離れた暮らしをさせたかった(41%)
  • 4位 子供のちからを試す(34%)

発足当初は79%の親が自然の中でのびのび育ってほしいと思っていたが、時代とともにその比率は2002年には69%に低下し自然派志向の親が減少傾向にあるが他の理由については数字に大きな変化はない。では子供が山村留学を決意した動機は何か。

  • 自然が好きで楽しそうだったから(48.6%)
  • 自分は望まなかったが、父や母に薦められたから(25.1%)
  • 親と離れて暮らしてみたかった(21.2%)

新しい理由として「学校・先生・友達が嫌いだから」という理由が90年代まで2.5%で91年から16.1%に上昇する。不登校・不適応児の受け皿としての山村留学が有効かどうかは上記の検証では明らかではない。近年では山村留学の内容も運営団体によって特色があり、健全な山村留学のためには新しい山村留学の検証が必要になっている。

山村留学ガイドライン

近年様々な団体が山村留学という教育活動を展開しており、その運営方針や活動内容もその団体の教育理念によって様々です。留学先の選択に役立つように、留学する子供と保護者のために作成されたガイドラインが「山村留学ガイドライン」です。NPO法人全国山村留学協会によって文部科学省の委託により2016年に作成された。運営団体・運営状況・指導員・受入れ家庭、地域・安全管理・学校・体験活動等の項目があり留学先の選定の際に役立つ冊子です。各都道府県のホームページに山村留学団体の案内が掲載されていますが、長野県は山村留学発祥の地として、信州自然留学(山村留学)推進協議会を立上げ、運営団体の紹介と併せ山村留学のための説明会も開催しています。山村留学制度は、単なる地方の過疎対策としての事業ではなく「次代を担う人づくり事業」としてのスキームであり、青木先生が山村留学を創設した理念が子供や地域に伝えられる団体が多く参加することが期待されています。

公益財団法人 育てる会   NPO法人全国山村留学協会   信州自然留学(山村留学)推進協議会

*写真提供 公益財団法人 育てる会

BUGPRESS編集部