「自伐型林業」とは。
自伐型林業推進協会発足10周年

100年200年続く森作りを目指す「自伐型林業」


2025年2月4日に自伐型林業推進協会(中島健造代表理事)の設立10周年記念イベントが東京で開催されました。自伐(jibatsu)型林業という言葉は10年ほど前に中島さんから聞いたのですが、その時は、日本の木材は伐期は来ているが切っても売れないので手付かずで荒れていることぐらいしか感じておらず、問題の深刻さを共感できずに話を聞きました。しかし、その時から10年が経過して彼の理念に賛同した国や多くの市町村がともに動き始めている事実を実感することができました。さらに「自伐林業家」として地方で多く若者達が活躍できる土壌を作り上げていること、林業でも地域おこしが可能であることを証明しています。
日本の森林のおかれた状況
自伐型林業推進協会が発行している「中山間地域再生のカギ自伐型林業のご提案」の冊子から重要な部分を分かり易いので要約します。
- 日本の森林は高品質材を生産するには世界トップレベルの優位点にある.......日本は温帯地域で四季があり、島国で雨が多いため樹木が良く育ち、急峻で入り組んでいるのが特徴。作業効率は悪いが風を防ぎやすく、軟弱な地質や土質であるため栄養豊富で深い土壌が形成されており樹木の高齢樹化(高品質化)させることができる。他国にはできない高品質材生産を中心とした林業とその木材流通の拡大が可能。
- 50年で主伐するには早すぎる.......現在の林業界は高品質材(A材)よりも低品質材(B・C材)を主生産とする傾向が強くあります。戦後植えられた拡大造林が50年超えたことで「伐期を迎えたので主伐(皆伐)を」と合板・集成材や燃料材(B・C材)の生産が促されている。無垢材として良質な建築や家具に使われる千年前後の寿命を持つスギ・ヒノキにとって50年というのは超弱齢林状態。値が上がる前に伐採するなど、安易で「もったいない」。
- 欧米型林業は日本に合わない.......欧米の森林は寒帯地域であるため軟らかい樹木が多く、平地や丘が多いため強風があたり、高樹齢化や高品質材生産は難しい立地。そのため作業しやすい地形をいかして高性能林業機械を使った低質材の大量生産型の林業が普及してきました。ですが、環境条件が真逆な日本では欧米型林業を取り入れることは様々な弊害が生じます。
- トータルな林業採算を悪化させる.......林業の中で最もコストがかかるのは、造林と育林の期間。この高投資を50年という短期間で繰り返すことはトータルな林業採算悪化させる。安価なB・C材を生産するために大型高性能林業機械を導入することで施業時の高コスト化を招く。
- 森林劣化.......日本の急峻な地形に大型機械が入るため、山林に幅広の作業道が開設されると強風が林内に入り、豪雨も直接受けることになり、表土流出・土砂崩壊・風倒木の原因にもなる。
講演では、現状の森林施業の中で再造林率が低く(3割弱)、また再造林後下草刈り放棄率が高いとの報告もあった。
*A材・B材・C材・・木材を品質(主に曲がりなどの形状)や用途によって分類する際の通称のこと。A 材は直材で建築用材、家具材など市場性が最も高い質材、B 材は小曲木用材など、C材は大曲がり材で集成材、合板用材、チップ材(製紙用・エネルギー用)など。
*再造林・・人工林を伐採した後再び人工造林を行うこと。
では、上記課題を解決できる「自伐型林業」とはどのような林業なのでしょうか。
自伐型林業とは
高品質な材を出せる森づくり、機械は必要最小限、崩壊しない山づくり・小規模で長持ちする作業道敷設を目指す。
多間伐施業・・1人で所有・管理し生業とするには山林の適正規模は50ha程度と考えられる。毎年5haを間伐し、10年間で50haの間伐が終了します。この約10年サイクルの間伐生産を繰り返すことで、長期的で持続的安定的な森林経営が可能になっていきます。
*1haは約東京ドーム1個分の広さ。1年間に東京ドーム約5個分の森林を間伐します。
現在の一般的な林業と自伐型林業の比較
(自伐型林業推進協会が発行している「中山間地域再生のカギ自伐型林業のご提案」の冊子・持続可能な林業を実現する自伐型林業のチカラのページから要約)
● 基本スタイル
*現在の一般的な林業(皆伐施業)ー経営・施業を請け負い事業体に全面委託。(所有と経営・施業の分離)
*自伐型林業(多間伐施業)ー経営・施業を自ら/山守と共同で実施。(所有と経営の一致:自立した自営業)
● 施業手法と採算性
*現在の一般的な林業(皆伐施業)ー短伐期皆伐施業(50年皆伐・再造林)。採算が合わず高額補助金頼み。
*自伐型林業(多間伐施業)ー長期にわたる他間伐施業(100年~150年以上)。2~3回目の間伐から補助金なし(完全自立)。
● 規模
*現在の一般的な林業(皆伐施業)-大規模施業+大型機械+幅広作業道。
*自伐型林業(多間伐施業)-小規模施業+小型機械+2.5m以下の作業道。
● 生産材
*現在の一般的な林業(皆伐施業)ーB材(合板・集成材)。C材(エネルギー材)生産が主体。
*自伐型林業(多間伐施業)ーA材(無垢材等)の高品質材生産が主体。+B・C材。
● 総合
*現在の一般的な林業(皆伐施業)-B・C材生産し、50年で終わり→またゼロから→不採算のまま繰り返し。
*自伐型林業(多間伐施業)ー50年目から持続的森林経営スタート。儲かる林業の始まり→現行林業の問題解決。
*山守(やまもり)・・山林を維持管理し、数百年山を生かし続ける事や人。

森林経営管理法・森林環境贈与税・特定技能実習制度
2019年に森林経営管理法が施行されました。森林環境贈与税では地域の森林管理と財源を市町村に委ねることにより、地域の現状に合った林業対策ができるようになりました。森林環境贈与税の活用内容は、森林整備・木材利用普及啓発が主ですが、全国約2割の自治体が林業を担う人材の確保や技術研修での森林環境贈与税の活用を始めています。島根県津和野町では、人口減少に伴う林業従事者の減少やそれに起因する放置森林の増加が課題となっている。このため、町では、平成26年から地域おこし協力隊制度を活用して、林業の担い手不足の解消や森林整備の推進に取り組んでいる。令和元年度からは、森林環境譲与税も活用し、地域おこし協力隊の任期終了後も町内に居住し、林業に就業する者を対象に、重機等の初期投資及び経営安定のための支援を新たに実施している。鳥取県智頭町では、総面積の9割以上を山林が占め、森林資源が充実している一方、木材価格の低迷等により、森林が適切に管理されていない状況にある。人口減少も加速化していく中で、森林整備の担い手の確保が課題となっている。 このため、町では、令和4年度から、特定地域づくり事業協同組合制度(総務省)を活用し設立された「智頭町複業協同組合」が雇用する「林業マルチワーカー」の育成支援に取り組んでいる。(この事業では、林業への就業志願者を対象とした林業人材育成研修の開催経費、人材派遣経費、住居手当、通勤手当、物品購入費、資格取得経費等に森林環境贈与税が活用されている)。また、2024年には中長期的に外国人を受け入れる特定技能実習に「林業」が追加され、林業でも外国人に門戸が開かれました。
森林は誰が所有し管理しているのか
日本の国土の約7割は森林で、中山間地域を抱える地方は約8割です。では誰が所有者なのでしょうか。日本の森林面積の36%が国有林、64%が民有林、民有林の43%が個人所有です。
*森林の所有者は大きく分けて国有林と民有林です。民有林は公有林と私有林に別れます。公有林は県と市町村が所有者で、私有林は会社や個人の所有です。森林県と言われる長野県は、国有林が35%・公有林が17%・私有林が48%(長野県林務部・民有林の現況より)で、日本全体の数字と近い。長野県の森林の約半分が個人の所有になります。会社とは製紙会社が主ですが、王子製紙は合計すると東京都の広さの森林を日本全国で所有しています。施業は持ち主から依頼を受けた森林組合・事業体・自伐林家等で行っています

今後の課題
●森林面積は増加する
2025年2月13日に村上総務大臣が、衆院総務委員会で次の様な発言をした。日本の総人口が2070年に8700万人と国立社会保障・人口問題研究所が発表したのをうけ「(人口が半減すれば)今のような1700以上の市町村の構成は難しい。全国を大体30万~40万人の市で区切れば、300~400の市で済む。市と国が直結して交渉できるシステムが一番いいと思う」と発言した。県や町村という行政システムが消滅するかはともかく、日本の人口の減少傾向が加速することは受け入れなければならない。消滅危機にある自治体は近い将来周辺の大きな自治体に当然「集約」される。しかし「集約」された土地の農地・インフラ・森林を誰がどのようにした維持していくのか。農地については自治体が農地調査を開始しているようだが、調査主体が自治体や農業関連組織であるため、現状は把握できるとしたも、現実に対処したシビアな答えは期待できない。森林も同様に、放棄された農地はいずれ木が生え森になる。集落の周辺は住民が手入れをしていただろうが、放棄された農地が増えることは、管理されない森林が「集約」された地域に増加していくことになる。
総務大臣の発言は50年先のインターバルですが、100年~150年先を予想して施業する森作りにとって、今がターニングポイントになる。日本のあるべき森林の姿を早急に確立するときに来ている。
●市町村の受け入れ態勢
自伐型林業による森づくり事業の推進は受け入れ側の市町村の事情に合致させることが重要であり、自伐型林業推進協会では自伐型林業普及のため市町村に向けて地域の森づくりをサポートする3つの提案を行っている。
① 計画策定
森林資源のシーズ(活用資源)とニーズ(需要)を調査し、持続的な森林資源活用の構想・戦略を策定します。具体的には、地域の森林の生育状況、これまでの施業状況、所有形態、既存計画への位置づけなどを整理した上で、資源活用のポテンシャルを検討し、今後の構想・戦略を策定します。
② 地域への啓発及び自伐型林業実践者の人材育成
森林施業の担い手育成とともに、適正に施業された森林の姿を、山林所有者などの地域住民に理解してもらうためのモデル林整備を並行して実施します。
③ 自伐型林業を地域で円滑に推進する仕組みづくり
地域において持続的な森林資源活用を自走させるための良質材(A材)流通販売と木質バイオマスとしての利活用を検討しつつ、自伐型林業スタイルが地域の生業として定着していくための、地域推進体制構築をサポートします。
講演では、1市町村に数十人の新規林業就業者が増加していると報告がありました。全国の消滅危機にある中山間地域は森林率が80%以上、上記の1人の森林施業の広さが50haだとすると、計算上は1市町村に100人単位の新規林業就業者の受け入れが可能になる。就業者1人が家族が加わると2人とか3人に増える。森林は適正に管理することによって持続可能な地域の資源となる。地方創生事業・中山間地再生事業として事業化する市町村が増え続けている。
国のバックアップ
2015年に自伐型林業普及推進議員連盟が発足しましたが、2024年の総会で3つの要望が議決されました。
① 「林業の多様な担い手の育成」支援策として掲げる「資機材の整備」に3tおよび3.5tクラスのバックホウを加え、購入費用やレンタル費用の助成を行う。
自伐型林業の推進のために活用できる事業「林業の多様な担い手の育成」の支援策には「資機材の整備(レンタル費を含む)」が位置付けられているものの、3tクラスのバックホウは「汎用性のある物品」として補助対象外とされています。要望が実現することで、自伐型林業のさらなる発展と普及につながる。
② 幅員2.5m以下の作業道に対する全国一律、個人にも使いやすい補助制度の整備を行うこと。
「美しい森づくり基盤整備交付金」の事業で2.5m以下の作業道も補助対象にはなっているが、交付金を受けるに書類作成が煩雑すぎて補助を受けられない林業者が多いのが実情。作業道敷設1mあたり2000~3000円の補助があれば、全国各地で自伐型林業の普及が進む。
③ 自伐型林業等、小規模林業を支援・推進するための窓口を林野庁内設置すること。
この要望が実現すれば、小規模林業が新たなビジネスモデルにつながり、中山間地域の林業がさらに持続可能な形で発展していく。
*自伐型林業普及推進議員連盟・・2015年に設立され、現在衆議院・参議院の国会議員34人(2024年9月19日時点)で構成される議員連盟、会長は中谷元衆議院議員)
今後の課題・早急にグランドデザインを
「いったん失われた森林を復元することは容易なことではない。たとえ質が低下しただけの森林でさえ、本来の機能が発揮できるところまで戻すには、広大な土地を対象にしなければならないし、途方もなく長い時間がかかる。しかし、いったん対策を実施しはじめてしまえば、長いあいだ同じ方針を維持しなければならない。森林は我々と時間と空間もスケールがだいぶ違う世界である。急を要するからこそ、まずおちついて事の成り行きを見極め、その行方を判断する冷静さが求められている。むやみに木を植えればいいわけではないし、囲って守れば自然の生態系が戻ってくるわけではない。森林と我々の暮らしの新しい関係を構築するために、広い視野に立ってグランドデザインが描ける知性が欠かせない。」
「森林に何が起きているのか」(吉川 賢著 中央公論) 「はじめ」の項から引用(太字は編集部)
日本全土を対象に広い視野に立ったグランドデザインが早期に必要。それに合わせて国や自治体がそれぞれの行政権限を発揮出来れば日本の森林の未来は明るい。
BUGPRESS編集部資源sec.