地域の伝統産業を継承・長野市のNPO

鬼無里の麻体験
カラムシ織りと麻糸体験(長野市鬼無里小学校

麻から畳糸を作る伝統技術が絶える

NPO法人信州麻プロジェクト(長野市鬼無里)は、大麻を畳糸にする伝統技術の継承を念頭に麻の栽培の復活に取り組んでいる。栽培のための特区を長野県に申請したが、「栽培の必要性が認められない限り許可できない」との返答で、止む無く鬼無里地域に保存されていた麻の繊維を再利用して体験学習に役立てている。
 現在鬼無里の小・中学校の児童を対象に年2回体験学習を実施している。(現在コロナの影響で一時中断している)講師には地域の女性たちにお願いしているが、彼女たちも高齢になりあと何年講師として児童たちに鬼無里の伝統技術を伝えることができるのか。また麻がなければ畳糸や麻製品を作り出す伝統産業も途絶えるしかない。
 麻の歴史は古く、縄文時代の遺跡から麻の繊維が発見されています。長野県での麻の栽培は元禄年間(1688年頃)に始まり天明年間(1781年頃)に最も栽培が盛んになり、長野県鬼無里の麻は当時全国でも良質な畳糸として高値で取引されていた。明治から大正時代にかけて畳糸の価格が最も高値で推移し鬼無里を財政的に潤した。麻の栽培に土壌や気象条件が適しており、四方が山に囲まれており強い風が無いことが良質な大麻を育てたといわれている。しかし第2次大戦後昭和23年の大麻取締法によって国内での大麻の栽培は許可制になり、加えて化学繊維の出現により、急速に衰退することとなる。昭和31年頃より煙草の栽培が導入され、麻の栽培は鬼無里から消えることとなった。
 日本の中世の律令制度のもとでは麻布が朝廷に納められていた。納められた布は、苧麻(チョマ・カラムシ)と大麻から織られた布で、取り出された繊維が青みがかっている苧麻が高級品といわれた。大麻に比較して苧麻の繊維のほうが柔らかく、衣料の原料として優れていた。平安末期から鎌倉初期には「越後上布」のような優良品が広く知られるようになった。

新潟県津南町との交流

新潟県津南町に、苧麻を栽培し、糸づくりからその糸を使った小物づくりの体験教室を開催している「ならんごしの会」がある。生徒は全国から集まりまた出張教室も開いている。主には津南町の小中学校の生徒で、長野県鬼無里と同じく地域の伝統技術継承を目的としている。大麻と苧麻は同じ麻の種類で繊維の長さや固さに違いはあるが、糸にする作業に共通するものがある。

大麻と苧麻の決定的な相違は、大麻には取り締まりの対象となるTHC(覚醒作用を引き起こす物質)が含まれていることですが、苧麻には問題になるような物質はありません。長野県でも苧麻の栽培は可能とのことで、「ならんごしの会」で育てた苧麻の苗を鬼無里に移植しました。現在は「ならんごしの会」の方が作った苧麻の糸を使用して、鬼無里の小中学生に苧麻を使った小物作りの体験を開催しています。入手しずらくなった麻糸の代わりに苧麻の糸を使うことで麻糸に触れる体験を主にしています。わずかに続いている大麻の栽培(長野県では諏訪大社の神事に使う量だけの栽培が許可されている)がもし途絶えることになると、伝統技術の伝承が危ぶまれることとなる。長野県鬼無里と新潟県津南町との交流は、両地域にとって伝統技術の継承と古来からの伝統素材を後世に残すという思いが一致したものとなっている

津南町なじょもん講習
津南町「なじょもん」での講習

苧麻と大麻

カラムシ(苧麻)は多年生の草本で、野生のものは叢や道端に群生し1~2mの高さまで成長する。夏ごろに刈り取り茎から皮を剥いで繊維にする。一方麻は春に種を播いて3~4mに成長した秋に刈り取り、カラムシと同じく茎から繊維を取り出す。麻はその年に収穫されるに対し、カラムシは宿根から育て収穫までには2~3年かかる。カラムシは麻に比べ繊維が柔らかく特に衣料の原料として使われ、現在も新潟県の小千地方の小千谷縮は高級麻織物とされている。しかし皮から繊維を取り出す工程はカラムシも麻も非常ににているので津南町と鬼無里のNPOとの協働を契機に今後若者にこの伝統技術が受け継がれてゆくことを期待したい。

カラムシ
カラムシ
苧麻糸(織用糸)
苧麻糸(織用糸)
麻の刈り取り
麻の刈り取り

大麻の現状

海外での大麻取り締まり規制の変更を受けて、厚生省が2021年に「大麻等の薬物対策会」が開催されました。大麻の医療用大麻の可能性を目的に、大麻栽培(大麻農業)のあり方の検討をはじめました。現在都道府県知事の許可のもとで栽培されている大麻はTHCの含有量はゼロに近いのですが、大麻取締法ではTHCが少しでも含まれると規制の対象となり流通が規制されます。アメリカではTHCの含有量が0.3%未満の大麻草はヘンプとして通常の農産物として栽培や流通が自由化されています。他の先進国では、0.2〜1.0%以下の含有量でヘンプとして、大麻草とは区別して栽培流通が自由化されています。海外とは違い日本では神事や衣類等日常生活の中で日本文化を支えてきた貴重な農産物であり、最近の自然回帰の動きや、再生可能で環境に優しく、肌アレルギー問題や自然素材が持つ高級感など、化学繊維に無い特性が世界で見直されています。医療目的であれ、伝統文化の継承のための大麻を規制なく生産できることを願うばかりです。